染谷 學 写真展「 Calcutta 」

2011年3月1日(火)〜31日(木) 作家略歴     写真集

Gelatin silver prints, 11x14inches, edition of 1, with Manabu Someya's signature and edition notations; printed 1998

 
Copyright (c) Manabu Someya All Rights Reserved

「 Calcutta 」

 カルカッタという街の名を知ったのはいつのころであっただろうか。私がまだ少年だったころ、その街の名は促音のもつ軽妙な響きとともに、地球の果てを思 わせる遙遠さで耳と心をくすぐった。それは子供にはわかるはずもない流行歌の歌詞に、なぜか胸をキュンとさせられたあの感覚とも似ていた。どこにあるのか も分からないくせに、その街の名は切なさとともに心に残った。
 大人になってアジアの街を歩き始めたとき、カルカッタはいつも意識の片隅にあった。しかし、すでに作られたインドの絶対的なイメージが私をカルカッタか ら遠ざけていた。私のなかのカルカッタは「聖と俗」でも「喧噪と混沌」でもなかったからだ。それは、もっと甘美な、生きる悲しさと美しさを漂わせた街だっ たのである。
 

 1998年、私は初めてカルカッタを訪れた。春のひと月あまりのあいだ、毎日写真機を抱えて早朝の街を歩いた。
 風景の前に立ち、頭から黒い布をかぶると、写真機のすり硝子に街は逆さまに写った。絞りをできるだけ小さく絞ってレリーズを押す。数十秒、ときには数分という時間が過ぎる。光の粒子をじわじわと吸い取りながら、シャッターはカチリと小気味よい音をたてて閉まった。
 すり硝子に写った街が現実の街の相似形であったように、この数秒に街が生きてきた時間までもを写したいと思った。できることなら風景の内なる記憶までもと。

 私はいつかこれらの写真がこの街の記憶としてカルカッタに暮らす人々の目に触れる日が来ることを望んでいる。
 「飢餓と洪水と病気と貧困だけがカルカッタの歴史ではありません。あなたがたの街はこんなにも美しかったのです。」

染谷 學


(株)冬青社  〒164-0011 東京都中野区中央5-18-20  tel.03-3380-7123  fax.03-3380-7121  e-mail:gallery@tosei-sha.jp