船尾 修 写真集

「フィリピン残留日本人」

船尾 修
Osamu FUNAO

2015年12月発行
4,500円+税
上製本/モノクロ写真116点
サイズ 200×225×16mm / 1080g

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 この写真集は、異国の地で「あたし、日本人なんて大嫌いよ」と声をかけられたことから始まった。
2008年、フィリピンのキアンガン、という街でのことだった。

 第二次世界対戦以前(アメリカの植民地時代)から、フィリピンには多くの日本人が労働者として住んでいた。

 「日本人なんて大嫌い」。そう言った彼女は、この街で、戦争に翻弄されたフィリピン人と日本人が憎しみあった過去を知っていたのだ。

 戦争を経て、今もなお、その日本人の2世、3世がフィリピンに暮らしていることを知り、カメラを持って取材をすることにした。

 7年におよぶ取材で見えてきたものは、常に勝者の視線から語られる歴史では忘れられてきた、残留日本人、一人ひとりの物語だった。敗戦まぢかに成った日本軍が山深い山間地に逃げ込む。その山間地には交通の便 もなく、ある時は徒歩で数日をかけて山間地に入り、現地に泊まり2世、3世の人々を捜し求めさらに長い時間を かけて話を聞き取材した。

 これは、日本と深い関係にありながら、多くの日本人が知らないフィリピン残留日本人のこと、そして彼らの想いと表情に向き合った写真集である。写真集の巻末には取材してきた2世、3世の言葉も綴っている。

    

「カミサマホトケサマ」

船尾 修
Osamu FUNAO

2008年9月発行
2,200円+税
上製本/写真143点
サイズ  154x230x18mm

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1年の半分近くをアジアやアフリカへの取材旅行に費やす船尾修は、現地の人と仲良くなると、必ず日本と日本人についての質問攻めにあう。

最も困るのは,「お前の宗教は?」というものであった。

この質問に対して、一般的日本人はたとえ葬式仏教のお世話になっていても「無宗教」とこたえるだろう。

しかしこの答えは,海外では通用しにくく、いつも船尾は苦境に陥った。明確にこたえられなかったからである。
  
あるとき,大分県の国東半島を案内されて,「まだこんな場所が日本にも残っていたのか?」と自らの不明をはじるほど、そこには、「日本人の祈りの原型」があった。

それから間もなく,居を国東に移してみると,国東には,当初思い描いていた以上のカミサマホトケサマが蝟集していた。

わたしたちは、この写真集から,ニッポンとは何か,ニッポン人とは何かを考えるきっかけになるだろう。

      

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