瀧澤明子 写真展「りんごの間」 2013年4月2日(火)〜23日(土) 作家略歴 |
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Gelatin silver prints, with Akiko Takizawa's signature and edition notations | |||
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「春はまだ遠いな」人影まばらな青森、五所川原の駅に降り立ちそう思った。 旅館のガラス戸を開けると、「瀧澤様いらっしゃいませ」と、宿の大女将らしき老女の元気な声が広い玄関に響いた。続けて「今日は全館お一人様貸し切りなのですよ」と満面の笑顔で言った。 山の麓まで広がってかすかに続くのはりんご園なのだろうか。窓ガラスには、オレンジ色に染まった水滴が光っていた。畳には琥珀色の光が溢れゆらゆら泳いでいた。間もなく食堂に降りて行くと大きなお膳の前に「タキザワ様一名」と縦書きの木の立て札があった。鍋がぐつぐつ煮え始めた。 食事の後、浴衣に着替え、地下にあるお風呂へ行った。暗い階段は、虫の死骸を透かした古い蛍光灯で照らされてかろうじて足下が見える。 すっかり疲れている筈なのだが、どうにも寝付けない。襖に取り付けてある頼りなげな鍵を横目にしながら、テレビも天井の蛍光灯もつけたまま横になり、数年前ロンドンで出会った女の子の話を思い出していた。彼女の90歳になる祖母は、彼女が日本を経って間もなく、夜の海に入水自殺をした。彼女は異国の夜の部屋でひとり、祖母の死を思う度に怖くなり、無性に日本の蛍光灯に照らされたい衝動に駆られると言う。「ヨーロッパのこの温か味のある裸電球ではだめなのです。あの白い蛍光灯でないといけないのです。日本の蛍光灯が恋しい」、と強い口調で言った。
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