渡部 さとる 写真展「da.gasita 2009」

2009年7月2日(木)〜31日(金) 作家略歴     オリジナルプリント 写真集

Gelatin silver prints, 11x14inches, edition of 15, with Satoru Watanabe's signature and edition notations

       
       
       
       
       
       
       
     
       
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 山形県米沢市。福島県と新潟県に挟まれ、周囲をぐるりと山に囲まれた盆地に生まれ育った。日本地図で見ると、そこは太平洋と日本海のちょうど中間に位置しているのがわかる。夏は猛暑に、冬には背丈を越える雪が積もる。

 "da.gasita"とは米沢の方言で、「そうですね」という軽い相槌に使われる言葉だ。本当は「んだがした」と頭に鼻濁音がはいる。東京育ちの妻が何度練習しても正しい「んだがした」にはならない。米沢を離れて30年もたつ僕にはたやすいことなのに。 

今年は雪が少なかった。全てを覆い尽くしてしまうはずの2月に、雪の間から地面が覗いた。友人は「近頃は雪が降ってもあっという間に溶けんだよ。地面があったかいんだな」と言う。「雪がなければどんなにいいか」冬になるたび繰り返される会話は、季節の挨拶のようなものだったのに。雪が降らない米沢は何かが欠けている。

 夜に辺りの音が消え、窓の 外がボウっと鈍く光ると雪が降ってきたのが分かる。翌朝、粉砂糖をふるい落としたように張り付いた雪は風が吹くと飛んで行ってしまいそうだ。子供の頃雪は 遊び道具であり、寒いと感じたことはなかった。大人になっての冬は深さを伴うことを知った。卒業式の時期には学校のグラウンドは雪が厚くかぶっているの に、入学式になるとそれは跡形もなく消え、日陰にその名残を残すだけになる。一雨ごとに暖かさを増し、ある日突然春はやってくる。まるで何事もなかったよ うにだ。

 米沢と新潟県坂町を米坂線が結ぶ。駅のほとんどは無人駅。ローカルな2両編成の気動車は米沢駅を離れると、田んぼの真ん中を抜け、深い山を越し、川に沿って日本海へと抜ける。朝方、通勤通学の足としてにぎわう車内も、その時間を一本外れると車内にはレール音が響く。車窓から見える景色だけは昔と何も変わっていない。山と里と川を繋いで走る。

 米沢へ帰ると僕は用がなく てもこの列車に乗ってしまう。運ばれていることに安心感を覚える。車内では何をするわけではない。車窓を楽しむでもなく、持ち込んだ本の活字の上をぼんや りと眺めている。今起きている問題も、将来の不安も、そのときだけは考えなくてすむ。何もしなくても、この列車は今目的地へと向かって進んでいる。

 自分にとって米沢は、「た だいま」と言って帰るところではなくなった。長い間「東京でうまくいかなかったら米沢に帰ればいい」と、心のどこかで思っていた部分がある。もうその選択 はできない。帰るところはなく、東京人にもなれず、明日のことは何もわからず。僕は動き続ける列車に自分を重ね合わせる。

渡部さとる


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